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緊張の初レッスン



 僕にも緊張の初レッスンというものがあったのであり、あそこでキャリアに終止符を打っていたとしてもおかしくはなかった。あの場に居合わせた方は天使だ。僕を不幸のどん底に叩き落すこともできたのに、次があるから、と傷口にガーゼを貼っていただいた。

 僕は本来、人前に立ったり、見つめられたりするのが苦手なのであり、今はどうして平気なのかというと、いやいや、決して平気ではない。たぶんそういうことを意識したとたんにパニックに陥る。だから考えない。ほかのことに意識を向ける。ポーズの流れであったり、肉体的感覚であったり、シューベルトのピアノソナタであったり。こういうことは100%の集中力を要求してくる。別の自分になるといっても過言ではない。そこでは翼が生え、声は歌になり、肉体は風の一部になる。完璧な自由。

 しかし緊張の初レッスンというものがあったのであり、おお、神様、わたしは頭が真っ白になっておりました。言葉は意味をなさず、自分で何をしているかわかっておらず、それでも前に進むしかない。目は点になり、みなは僕を注視しており、やりたかったことの10分の1も終わらないまま設計図は消え失せていて、もはや持ちネタはなく、楽譜をど忘れしたピアニストみたいで、沈黙に耐えられない。さっきやったやつをもう一回やろうか。恥ずかしくて死にそう。そういう死に方はあるんだろうか。

 何か言おう。

「次にやるのは英雄のポーズです」 

 僕はポーズをとる。

 10秒経過する。

 このまま、何も言わないでいられたらどんなに楽だろう。汗がたらたら流れる。脚が震える。

「左もやりましょう」

 沈黙がおりる。冷たい重圧。窒息しそうだ。

「このポーズは、脚の引き締めの効果があります」

 自分だけがしゃべり続けるのがいやだ。僕は聞くほうがいい。みんながしゃべってください。

「次にやるのは木のポーズです」と泣きそうになりながら言う。



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