ニューヨークにいたとき、友達がひとりもいなかったのであちこちのレストランを食べ歩いた。ひとりで。 アルゼンチンにいたとき、友達がひとりもいなかったので昼間っからワインをラッパ飲みしていた。ほとんど食べなくなっていた。 北米から南米の端っこへ。パナマからエクアドルへ飛ぶ以外は完全に陸路。長かった。そして体を壊し、心を病み、光明を求めてブラジルのビーチへと再度北上した。若き日の話だ。僕は何も持っていなかった。無能。無職。相変わらず友達はいない。心は空っぽ。その果てにたったひとり、常夏のビーチで何を見たか。 みんな楽しそう。 その頃ボディボードというのがはやっていた。がきんちょたちがケラケラ笑いながら波を滑り降りる。よく見るとそれはボディボードではない。ただの発泡スチロールだ。彼らはものすごく器用に発泡スチロールのかけらに乗る。魔法の絨毯みたいに、ゴミとおぼしき破片の上で立ち上がる。ケラケラ笑って波を切る。切り返したはずみにバランスを崩して頭から海へ突っ込む。小さな頭が波のあいだに見え隠れする。ケラケラ笑っている。 彼らも何も持っていない。万引きやひったくりで生きているのだろう。でも今は楽しそうだ。発泡スチロールにのった天使だ。 ちなみに波はかなり高い。10メートルくらいある。壁のようにそびえたち、なだれのように崩れ落ちる。発泡スチロール・チルドレンたちはその怒涛を滑り台みたいにして遊んでいる。滑空し、波に揉まれて消える。 もう一つ言っておくと、それは夜である。街の明かりが波にきらめく。その向こうは暗黒の海だ。ボサノバの音色が聴こえてくる。黒い大波が地響きをたててかき消す。発泡スチロールだけがぷかぷか浮かぶ。 ああ、自由だ。 ケラケラ笑う。出てくるときもあるし、出てこないときもある。どこへ行ったのだろう。海の底にはもぐらが住んでいます。もぐらたちの好物は発泡スチロールチルドレンです。もぐらは鬱病にかかっています。チルドレンが特効薬になるのです。もぐらは普段は笑えません。とても暗い生き物です。チルドレンを食べるたび、ちょっぴり明るい気持ちになります。そういやこんな気持ちあったよな。忘れてたよな。おれら暗いもんな。下ばっか見て、地面いじるしかないもんな。地面掘っても、ますます暗い気持ちになるだけだもんな。救いがないよな。へへ。へへへ。自虐的な笑い。 チルドレンを食べすぎると笑い病になります。もぐらは頭が悪いのでいつも食べすぎてしまいます。その結果、多くのもぐらが笑い病で死んでしまいます。今も一匹のもぐらが死にそうになっています。 「苦しい。腹がよじれる。これ以上わろたら死ぬ。でも我慢できへん。今からわたしはお亡くなりになります」 もぐらは満面の笑みを浮かべて昇天します。