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思春期という病


 ビートルズの曲がYouTubeにアップされていて、そればかり聴いてしまう。アルバムでいうと『ラバーソウル』や『リボルバー』、『サージェント・ペパーズ』や『アビーロード』。懐かしい。高校のころに還る。あのころ洋楽だけが心のよりどころだった。なにもかもうまくいかないんだもの。季節は思春期のまっただなか。自意識過剰で、女の子とまともに話ができず、目を合わせただけで顔が赤くなってしまう。片思いは成就する見込みがなく、成績は下降する一方で、にきびは鏡を見るたびに増えていく。劣等感の塊と化す。自虐的な役柄に慰めを見出す。わざと失敗する。笑いものにされる。救いがたいほどわざとらしい。自分自身に対する冒涜だ。自己嫌悪に陥る。にきびがますます増えていく。暗い思春期の暗黒の循環。  そういうとき、洋楽を聴き続けたんですね。あのころ世界でいちばんかっこよかったのはジョン・スクワイア。「ストーン・ローゼズ」というバンドのギタリストです。たぶん誰も知らないだろうな。『サリー・シナモン』なんか歌いつつ、じゃんじゃじゃーん、とか言って想像上のギターをかき鳴らす。それだけで幸せになれるのである。  かつて世界がシンプルで幸福だったころ、東京へのあこがれの気持ち、が僕を支配している。特に何かしたいという思惑はない。ただ住んでみたいのである。人がたくさんいる。かっこいい。ビルの谷間を電車が走る。すげえ。1Kの部屋に住む。おもしれえ。そういう愚かな高校生だったわたしは、東京の大学を出て東京に社屋を構える企業戦士の一員となり、洗練された都会人となる姿を思い描き、自分はそんなタイプではないにもかかわらず、颯爽とスマートに人々の波のあいだを縫い、その軽快なステップは仇敵さえ魅了し、かといって驕ることなく、その優しさはもっとも弱き者に差しのべられ、孤高の騎士として振る舞い、自己犠牲と献身と愛を具現し、名誉のためなら死をもいとわない。今は辺境で腐りつつあるが、東京に住みさえすればすべては解決する。暗黒と不幸のまだら模様から脱皮して新しい自分となる。  のです。  そうやって悦に入り、自転車をこぎつつ何やら歌っている。その顔には愚かしさが満ち溢れているが、かといって暗くはなく、無知だけどイノセントで、ジョン・レノンが憑依しており、裏声が高まり、輝かしい未来がその瞳に映る。すべては幻だが、この瞬間、何がリアルかというに、歓喜に伴う魔力で、それは僕を全能感で満たし、理性を吹き飛ばす。世界はすべて手中にあり、自らの息吹で祝福できる。


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