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国境の南

  • Kohei Y
  • 2019年2月6日
  • 読了時間: 3分

更新日:2019年12月23日


 アメリカに入国するには3時間かかる。アメリカを出てメキシコに入るときは1分で済む。僕はもちろんメキシコのほうに親近感を抱いていて、入った途端に幸福感の虜になる。羽が生えたように足取りが軽い。汚くたって治安が悪くたってスペイン語しか通じなくたってどうだっていい。「よう、アミーゴ、調子はどうだい」。詐欺師ばかりだ。じゃあね、アミーゴ、また明日、と返事を返す。スペイン語はそれくらいしか話せない。道ゆくみんながアミーゴだ。楽しくてしょうがない。これぞ自由の国。バックパック以外なにも持たない。今夜の宿も決まっていない。メキシコペソの入手の仕方もわからない。でもなんとかなるだろ、という根拠のない自信はふんだんにある。南へ向かえば悪いことは起こりっこないという盲目的な信頼感。  僕は南で生まれた。だから南へ行くべきなんだ。生まれた場所へ帰るんだ。南の国で営巣するリョコウバトみたいに。あるいはキジムナーとかヤンバルクイナとか、その土地を離れると命脈の尽きる夢幻的存在。  国境の南。街並みはどんどんさびれてスラムと化していく。ゴミの山をカラスが漁る。痩せた犬がうろつく。空気がぴんと張り詰める。目つきの悪い連中ばかりだ。まともな人は足を速める。車でさえアクセルを吹かして目的地へ急ぐ。商店はシャッターを閉ざしているし、民家は鉄格子で守られているか、廃屋となって朽ちかけている。バスターミナルはどこだ。こんな町はさっさと出たいというのが正直な気持ちだ。国境からはすみやかに離れるべし。旅慣れてくるといろんなことがわかる。国境近辺にはその国の最悪の連中が集まる。旅行者を狙う詐欺師。北の国を追い出された犯罪者。密入国者。ドラッグ中毒者。挫折した夢。飢えた胃袋。カモが来たぜ。アミーゴ、欲しいものはねえかい、アミーゴ、1ペソくれねえか、アミーゴ、あんたの国へ連れてってくれよ。  ノー、グラシアス。なにも要りません。あなたたちに用はありません。  町外れに向かって歩いていく。なんとかなるだろう。南へ向かえば悪いことは起こりっこない。もう20時間くらい寝ていない。頭がハイになっている。  一台の車が脇に止まる。見かけはタクシーだ。ものすごくぼろいけど。 「アミーゴどこへ行くんだい」 「僕は南へ向かっています」 「そっちには砂漠しかねえよ」  ドライバーはちゃらちゃらした兄ちゃんだ。こいつは信用ならない、と勘が告げている。 「アメリカまで乗せてってやろうか。100ドルでいいよ」 「僕は南へ向かっているのです」  すたすた歩み去る。車は徐行して追いかけてくる。 「そっちは砂漠だよ。コヨーテに食われるよ。泊まるならロサリートにしろ。ここから車で1時間だ。100ドルでいいよ」  僕はすたすたと歩く。どこまでも歩いていけそうな気がする。 「100ドルでいいよ」  僕たちはロサリートへ行く。メキシコの風景が流れ去る。砂漠、サボテン、砂漠、サボテン。陽ざしはどんどん強くなる。サボテンさえ枯れかけている。車のボディを通して熱気が流れ込む。頭が焼けそうなくらい熱い。熱射病かもしれない。さっきは倒れる寸前だった。  砂漠のなかを道路がのびていく。南の果てには何があるんだろう。  目を閉じる。座席のリクライニングが心地よい。このまま寝ちゃいそうな。走行音が子守唄みたいだ。微妙な振動がまた眠気を誘う。僕はコウノトリの背中にのっている。  ふと目を開ける。海が見える。コバルトブルー。  目を閉じる。ふふ、と笑う。これは幻だ。本当は海なんかない。絶対にない。絶対にない。そう思いつつ、期待に顔を輝かせて僕は再び目を開ける。


 
 
 
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