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春は旅立ちの季節


 生徒さんのひとりがご結婚なさった。素晴らしいことだと思う。おめでとう。知り合いが幸福そうにしているのはうれしい。  しかし結婚式の動画には度肝を抜かれた。ここまでやるかね。地元住民総出のカーニバル。ま、おめでたければいいのだろう。参加したみなさんはお楽しみになったのだろうし。おふたりの門出を祝うために、何百人もが一肌脱いだわけだ。僕もこの場を借りて一筆捧げる次第です。  僕には結婚の経験がないのだけど、結婚式に出た経験はあり、そのたびに思うのは「これは避けたい」。派手なのが苦手なのですね。しかしなぜか自分の葬式というのはときどき夢想する。もちろん非拘束的な代物で、みなさん勝手に来て、勝手に去ってくれればよい。僕は来てくださる方おひとりおひとりに平身低頭し、もちろんそれはタンポポの綿毛一つ揺らすこともないし、みなさん浮世のご歓談に余念がないのだけど、わざわざ僕のために時間を割いてくれた仕儀をお詫びし、その心意気に涙し、この御恩は一生かけてお返しいたします、ともはや存在しない命でありながら何かできないかと煩悶する。おそらく僕にできることはみなさまの美点を思い出すことである。たとえばヨガしたあとの晴れやかな表情であったり、マーメイドのポーズの美しさであったり、あるいはSavasanaのときの寝息であったり。実をいうと僕はあれは嫌いではない。過不足のないレッスンだった、よきガイドであったと自負を抱ける。別世界へみなさんをいざなったのだろうし、今は素敵な夢を見ていらっしゃる。みなさま、よくついてきてくださいました。お疲れさま。なんだか起こすのがしのびない。この瞬間、僕ひとりが生きていて、みなさんは死んでいる状態で、もちろんみなさんの魂は宙を漂い、森羅万象を観察しているのかもしれない。そこでは僕だって魂の奥底まで見透かされているのかもしれない。しかしおそらく、みなさんは単にスイッチの切れた状態で、夢見てる、夢見てる……やべえ、今いびきかいた、でもまた眠りに引きずりこまれる……ふが。僕にしてみれば、そういうみなさまは素敵なわけです。寝ているあいだは悪いことできませんしね。いいとこしか現れません。天使みたいなものです。天使には羽根が生えていますが、みなさんは寝息がぷしゅうと音を立てて出てきます。ぷしゅうという翼にのって、どんな世界を旅しているのでしょうか。結婚式は幸福の舞台ということに異論はありませんが、眠りに落ちる瞬間というのもまた幸福なひとときだと思います。ささやかながらお力添えができるのは、光栄の至りであり、喜ばしき収斂であり、この奇跡的な一点において筆を置く次第でございます。


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