インドで高名な先生から笑いヨガの指導を受ける。笑いヨガの真髄とは心の中に一輪の花を咲かせることである。美しい花だ。それを見つめるだけで笑みがこぼれるような。幸福な感情がひとりでに湧き上がるような。 僕が思い浮かべたのはきのこの花だ。おそらく僕の心は死んでいる。しかし砂漠の真っただ中に可憐なきのこが芽吹くのである。最初はゴミみたいな小さな点だ。しかし見つめているうちに、ひょろひょろと成長し、傘らしきものが頭をもたげ、やがてはきのことおぼしき物体に至る。色はサーモン・ピンクである。鮮烈で、毒々しく、場違いなこと甚だしい。そいつは自らの存在感を滋養としてますます成長する。傘にしわが寄り、不敵な笑みを浮かべているかのように目鼻があらわれ、悪趣味な巨魁が天に向かって屹立していく。その生命力には比類がない。やがてはおうちみたいになってそこへ住めるかもしれない。僕はきのこハウスの前に立つ。入口には「立ち入り禁止」と書かれた札が下がっている。迷うことなく入口を開ける。なかはらせん階段が上まで続いている。暗く、じめじめして、臭い。悪臭に誘われるハエみたいになかへ入り、らせん階段をのぼっていく。のぼってものぼっても先に行きつかない。いったい僕はどこへ行くんだろう。きのこの匂いにむせ返りながら延々とのぼっていく。呪文が聞こえてくる。 「おいしいおいしいおいしい」 きのこがおいしいということか。そうではない。やつらは僕を食おうとしている。 僕は立ち止まる。生暖かい。胎内みたいだ。羊水のなかにいるかのように湿気が充満している。湿気は肌にまとわりついてぬめぬめした感触を残していく。たぶんきのこの胞子が多量に含まれている。目がちくちくするし、耳の奥がかゆい。鼻腔からも入り込んでくる。悪臭が強烈だ。死んで腐った恐竜がこんな感じだろうか。あまりの悪臭で頭がくらくらしてくる。思考力を失くしてしまう。考えるとしたらきのこのイメージだけだ。 「きのこ。世界の始まりの言葉。きのこ」 きのこのイメージが脳を満たしていく。やつらは既に血液中に入り込み、体内を駆け巡っている。やがて僕の体からきのこが芽吹くだろう。 僕はその場に横たわる。温かな毛布が僕を包む。それは全身を覆い隠す。鼻の穴のところだけ空気穴がひらいている。いうなれば、鼻だけ出して地中に埋まっている。この場合、土の代わりにもぞもぞと温かい菌糸状のものが僕の体に接触し、同化し、僕を取り込んでいく。 きのこの胞子を胸いっぱいに吸い込む。絶対的な平穏。死。釈迦のような微笑が口元に浮かぶ。