夜、ぶらぶらと漁港のあたりを歩いていてハブと遭遇する。おそらく運がいいと思われる。ほとんど毎晩出歩いているけど、ハブを見たのは初めてだ。しかし最初はびびった。いきなり足元にハブがいた。犬のふんかと思った。ハブだと気づいて悲鳴をあげて2メートルくらい飛びのいた。ヨガしてるからこその反射神経。普通の人間だったらそのまま踏んづけていただろう。ハブさん怒って噛みついていただろうな。いやヨガしていてよかった。僕は死なないで済んだ。ハブも痛い思いをしなくて済んだ。みなさんもヨガを続けられる。
しかし石垣のひとはハブを見つけたらどうするのだろう。捕獲するのだろうか。退治しちゃうのだろうか。ハブもそのあたりはわかっていて、なんだか申し訳なさそうに「すみません、ぼくは足がないんです。速くは動けないんです。だからこっそりゆっくりおいとまします。見ないでください。気づかなかったことにして逃がしてください。逃がしてくれたらお礼にピクルスあげます。キュウリとセロリのピクルスです。ぼくの得意料理なんです。今夜じゅうに作ってそのへんに置いときます。肉料理って好き嫌いあるじゃないすか。相手がベジタリアンかもしれませんしね。だからひとにあげるのはピクルスに限るんです。ぼくのささやかな人生経験から導き出した処世訓なんです。前は七面鳥のグリルやてびちの唐揚げを作ってあげてました。もちろんみなさんお礼を言って受け取ってくれますよ。でもね、あるとき勘づいたんです。いや、ちがう。やつら喜んじゃいない。むしろ迷惑そうだったぞ。あの目つきを思い出せ。そこにあるのは軽蔑と憎悪でした。ち、またかよ、謎の肉を持って来やがった。ハブのくせに気取ってんじゃねえ。自分の趣味をひとに押し付けんじゃねえよ。ぼくは深く傷つきました。みなさんに喜んでもらうために差し上げたのに、ぼくを忌み嫌う理由にされちゃうんです。別に悪意はないんです。なのに何をしても嫌われてしまいます。ぼくはばい菌なんでしょうか。ほんとは人畜無害なんです。むしろ愛されたいと思っているんです。でもそれは高望みかもしれません。こんな姿してますしね。足もないし手もない。這うしかないじゃないすか。いやだったら見ないでください。気づかなかったことにして許してください。ご迷惑をかけないように生きていきますんで。すいません。おいとまいたします。さいなら」とのらりくらりと逃げていきなすった。
それ以来ずっと下を見て歩いている。トラウマになってしまった。そこらじゅうにハブがいそうな気がする。インドにいた頃もずっと下を見て歩いていた。牛のふんがそこらじゅうに落ちていたから。ハブもいやだし、牛のふんもいやだ。どちらかというとハブのほうがいやだ。石垣ってこわいね。